P.ブーレーズ《二重の影の対話》の「二重性」について
ー私は誰と対話しているのかー
 
 

 ピエール・ブーレーズは1925年にフランスのロワール県モンブリゾンで生まれ、パリ音楽院でメシアンらに和声を学んだ。1955年にはドメーヌ・ミュジカルを創設して指揮活動を本格的に開始する。1976年IRCAM(音響・音楽の探究と調整の研究所)を設立して《レポン》などの重要な作品を世に送り出す。シュトックハウゼンやベリオ、リゲティらと共に戦後の音楽界を牽引し続け、85歳になった今でも大きな影響力を持っており、昨年の京都賞 の受賞も記憶に新しいであろう。筆者は受賞記念に開催されたワークショップの一つ「ブーレーズ イン 京都」に参加したが、そこでの講演は80歳を超えているとは思えないほどの明晰さと活力に溢れていたのが印象的であった。ブーレーズはフランス音楽界を代表する存在でありながら、サクソフォンの為に書かれたオリジナルの作品は残念ながら存在しない。そんな中2001年にフランスのサクソフォニスト、ヴァンソン・ダヴィッドとブーレーズの共同作業によって《二重の影の対話》(オリジナルはクラリネットのための作品)がIRCAM主催のアゴラ音楽祭において初演され、フランス・サクソフォン界に大きな反響をもたらした。同曲は2009年4月に東京芸術大学内で開催された博士リサイタルによって著者自身の演奏で日本初演された。このリサイタルの内容は筆者が研究のテーマとしているルチアーノ・ベリオと同年代の作曲家(K.シュトックハウゼン、ブーレーズ)の器楽作品におけるポリフォニーの対比に焦点をあて、ベリオは「バッハの語法の現代的再興によるポリフォニー 」、シュトックハウゼンは「空間を用いた視覚的なポリフォニー 」、ブーレーズは「ライブ・エレクトロニクスによる電子音響的なポリフォニー」とそれぞれ定義付け、その際にブーレーズの代表曲として《二重の影の対話》を取り上げた。この初演は少なからず反響もって受け入れて頂き、同年11月に現代音楽協会主催の「電楽IV」で、翌1月には先端芸術音楽創作学会の「Sonic Arts Project」で再演する機会を頂いた。同時期に大石将紀氏のリサイタル「OSMOS Saxophone」でも「二重の影の対話」は取り上げられており、2009年度は日本のサクソフォン界におけるブーレーズ元年とでもいえるであろう。今年85歳(執筆当時。2016年没。)を迎えたブーレーズは、その記念として世界中の様々な音楽祭から招待されており、未だ現代音楽シーンにおいての重要な作曲家の一人といえる。そうしたブーレーズへの理解を、サクソフォンを通して深める為には、《二重の影の対話》のアプローチは不可欠であり、その演奏機会の拡充を狙うのが本論文の趣旨である。
 本論は大きく2章から成り立っている。I章ではブーレーズがIRCAMを設立する経緯と、IRCAMの研究成果であり、歴史上初めてライブ・エレクトロニクスを用いた「レポン」作曲までの流れを一つの区切りとする。II章では「二重の影の対話」に焦点をあて、同曲の構想や構造、演奏へのアプローチと現代テクノロジーへの置換、二重性について、対話の対象の考察が述べられている。なお論文名の「二重の影の対話の二重性について ―私は誰と対話しているのか?―」とは最後の2つの考察から取られたものである。